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2006年06月30日
対談しました。
昨日も暑かったですねぇ〜。
ここ数日、梅雨だというのに真夏日ですよ。
ちょうどお昼頃、新橋からゆりかもめに乗ってお台場に向かいました。
ゆりかもめからの眺望は良かったですなぁ〜。
ちょっと寝不足も続いてましたしたから、冷房の効いた車内でぼや〜っと、
「あぁ〜いい眺めだなぁ〜。。。夏だよなぁ。。。海だぞ〜、
うひょぉ〜水着のお姉さんがぁ〜、よぉぉぉ〜し、遊びに行くぞ〜!」って、
思いっきり勘違いしそうになりました。
まさに白日夢ですな。
目的地はお台場にある某ご立派なホテルのカフェ・ラウンジで、
とある方との対談の取材があったのでした。
対談のお相手はフジテレビ某アナウンサーから
「F1電車男」と命名されてしまった
CSのF1解説でお馴染み、ジャーナリストの小倉茂徳さん。
世界最大のF1総合サイトを誇る"F1-Live.com日本版"の取材で、
「ジャーナリストとアーチスト"1987年のF1"を語る」
というような内容の企画、だと思います。

再三申し上げておりますが、
今年でF1日本GPも開催20周年なんですよね〜。
で、日本GP元年の1987年を語ろうじゃないかってことですよ。
僕にとっても1987年がF1元年になります。
それまでモータースポーツには"全く"関心がありませんでしたから。。。
1987年、フジテレビのF1グランプリ全戦中継が始まり、
鈴鹿でF1日本GPが開催されるようになり、
日本人で初めて中嶋悟選手がF1レギュラー参戦。
1987年にF1が一気にキタ〜ってわけです。
テレビ、新聞、雑誌、急にF1が扱われるようになりました。
当時熱心なプロ野球ファンで、モータースポーツには全く関心のない僕も
F1?何それ?何事なの?この騒ぎは?って感じで興味を持ち始め
20年後の現在、モータースポーツ絵描きになってるわけですワ。
それにしても、小倉さんといえば
F1を語らせたら何時間でも止まらないお方、
対談とはいうものの、ワタクシ、じゃべらせていただけるのでしょうか。。。
という危惧がありましたが、
まぁ編集者さんがうまいこと仕上げてくれるでしょうってことで、
対談の内容は、記事が掲載されたら是非ご覧くださいね。
"F1-Live.com日本版"ですよ。
写真も撮るってことで、スーツかジャケットで
ビシっとキメていかなきゃ〜って思いましたが、
ありえない暑さでしたので、結局Tシャツになっちゃいました。
対談は予定の1時間を予想通りか〜るくオーバー、2時間超。
内容は脱線につぐ脱線で、
(なんか自分、相撲の話もしていたような記憶が。。。汗〜)
あとは編集者さんの手腕にお任せって感じで、
どういう記事になるのか、楽しみなワタクシであります。
投稿者 tarui : 11:22 | コメント (1) | トラックバック
2006年06月27日
今月の新作「墨のF1」イラスト
今月の新作「墨のF1」イラストは
2006年 Car No.1 ルノーのマシンです。
昨年、最年少でF1チャンピオンに輝いた
フェルナンド・アロンソです。
ちなみにスペイン人です。

今年は日本GP 20周年ってことで
どんどん栄光のオールド・マシン、
往年のヒーローを描いていきたかったのですが、
昨年、最年少でF1ワールド・チャンピオンを獲得
今年も好調で、ちょっと嫌になるほど勝ちまくる
若きヒーローを無視するわけにはいきません!
ルノー・チームのメインスポンサー
JT、マイルドセブンのブルー、
アロンソの出身地カタロニア地方の旗もブルー、
偶然にも似たような水色なので
昨年今年と、スペインGPの観客席は青でいっぱい。
アロンソ、また勝ちました〜。
ワタクシもあやかりたい。
投稿者 tarui : 21:38 | コメント (1776) | トラックバック
イタリアVSオーストラリア
いやはや、凄い試合だったッス、
イタリアVSオーストラリア、というか
イタリアVSヒディング監督〜。
イタリア、負けると思ったです。
この対戦ではイタリアを応援してましたが、
ゲーム終盤は敗北を覚悟しておりました。
いつ失点してもおかしくない感じになってきてました。
もはや、
先日のオーストラリアVS日本戦の終盤を見てるようでした。
6分あれば3点入るぞ、みたいな。
しかも、イタリアは一人少なかったし。。。
もはや、イタリアはバテてきてるようだったし。。。
ヒディングは、交代枠をまだ2枚残していたし。。。
30分の延長戦になったら、
確実にやられてしまうな、と。
4年前のイタリアVS韓国戦を思い出していました。
黄色いオーストラリアが
真っ赤な韓国にだぶって見えます。
そのように感じていたロスタイム、
イタリアの土壇場の意地が実ったのか、
はたまたイタリアは神に愛されているのか、
まさかのPKを獲得〜。
これが入ればイタリアの勝ち、
これが入らなければイタリアの負け、
ものすごいプレッシャーの中
トッティが確実に決めて
イタリアのさよならホームランとなりました。
仕事がぜ〜んぜん、はかどりませんが。。。
投稿者 tarui : 02:45 | コメント (0) | トラックバック
2006年06月20日
鈴鹿と京都に行ってきました。
鈴鹿と京都に行ってきました。
金曜日は鈴鹿で、今年のF1日本GPでの『墨のF1』イラスト展に関する打合せ、
土曜日は京都で大事な友人の結婚披露宴に出席、
日曜日はせっかくだからさらっと京都見物、
夜の新幹線で帰京、
以上のような日程でした。
まず、金曜日朝、東京駅から新幹線で名古屋へ、
名古屋からは近鉄特急で白子に到着。
名古屋から白子までは40分ほどなのですが、
特急電車好きの自分としては近鉄特急に乗る機会が少ないので
40分ではもの足らない感じであります。
F1日本GP『墨のF1』イラスト展も今年で3回目の開催で、
F1ファンの皆さまにもだいぶ知られてきた感じがあります。
鈴鹿サーキットには昼頃到着。
味の街のイタリアンレストランでランチをご馳走になりながら
まずは担当と世間話。
ちなみに某塾管理人から、ここカンパネラのペンネがお勧め
と聞いていたのでペンネを含むランチメニュー。
ペンネ、旨かったです。
さて、世間話として一番興味のあるところでは、
やはり鈴鹿での来年のF1開催はどうなるか? ということでしょうか。
「春開催にむけて交渉中」
という一般に流れている情報以上のものは聞けませんでした。
「春っていうと、もう1年切ってますから、
そろそろ決定してもらわないと準備が間に合いませんよね?」
「いやいや、うちは過去19年やってきてますから大丈夫ですよ。」
おおお〜っ。
ランチが済んで、遊園地内の展示会場候補場所を見に行くことに。
過去2回使わせていただいたヒストリック・ギャラリーは
昨年末で終了。他の施設になってしまいました。
なのでイラスト展は他の場所に移動するのですが、
候補の場所はいくつかあるものの、まだ決定には至っておりません。
ホテルエリアからの遊園地入口の場所が変わりました。
なんだか正面ゲートより立派な感じ。
遊園地内の候補場所を見てまわり、サーキット事務所に戻り、
打ち合せ終了。
この後、岐阜に住む大学時代の友人と会う約束をしていて
名古屋に移動する予定だったのですが、
その友人がわざわざ鈴鹿までクルマで来てくれる、という連絡があったので
ホテルの喫茶室でしばし休憩。
友人が到着したので、彼のクルマで岐阜へ移動。
岐阜市内の「布武」という店で海鮮丼と赤だしをゴチになりました。
これを食べるのは三度目なのですが旨いのですよ。
翌土曜日、
披露宴は夕方からなので、午前中に宇治まで行ってみました。
宇治には行ったことがなく、一度「平等院」を見てみたかったのです。
「平等院」は平安時代の藤原家全盛の時の建築物で、
10円玉の裏に描かれています。
極楽浄土をこの世に具現化しようとしたそうな。
京都駅からJR奈良線の普通で30分くらい、快速なら17分で宇治駅。
「平等院」は修学旅行生でいっぱいでした。
宇治からJRで東福寺駅、京阪に乗り換えて七条駅。
ここから徒歩で、仏像好きの友人お勧め「三十三間堂」
ここも初めてきたのですが、びっくりしました〜。
日本一長大な全長125mの建物の中に
千手観音がずら〜っと1001体。圧巻です。
時の権力者の死後への不安感が
これほどの物を作らせてしまったのでしょうか。
「三十三間堂」の近くの「豊国神社」に立寄り。
ここは豊臣秀吉を祭ってます。
正面の唐門は伏見城の遺構と言われてる桃山建築で
秀吉の栄華の跡を今に伝えております。
七条から京阪電車で四条に移動。
四条河原町で靴磨きを購入、ホテルへ。
靴磨きと着替えを済ませて、東山三条の披露宴会場へ。
入口がセンスの良い美容室のようなカッコイイ会場でした。
新郎新婦は既にモナコで式と新婚旅行を済ませており、
その報告と披露宴が行われました。
披露宴が行われた宴会場は6Fにあり、
新郎新婦の背後は全面ガラス張り、
広い窓からの夕方から夜への眺望はとても素晴らしい。
もちろん披露宴も終始良い感じでした。
翌日曜日、
朝、地下鉄で北大路へ。ここからバスで、
まずとてもベタですが「金閣寺」へ
「金閣寺」の次は「龍安寺」
石庭で有名なところです。
写真やテレビで見るよりこじんまりとした感じ。
京福電車と徒歩で嵯峨嵐山駅へ。
ここからトロッコ列車で「保津川渓谷」の景観を楽しむ。
渓谷ってどうして気持良いのでしょうね?
復路はトロッコ嵐山駅で下車。
竹林、天竜寺庭園を通って嵐山へ。

これほどたくさんの竹を見たのは初めてであります。
すごい量のたけのこが掘れそうですな。
嵐山の渡月橋を渡り、戻り、嵐山駅より京福電車で終点四条大宮駅まで。
この京福電車ですが、江ノ島の江ノ電と同じような感じで
民家の間をギリギリにぬって走って行く感じが
遊園地の乗り物のようで好きです。
四条大宮駅からは徒歩で壬生へ。
壬生とは幕末の頃、新選組の屯所があったところで有名です。
新選組の屯所になっていた八木邸、前川邸が現存しています。
新選組に興味がなければ何もないところです。
壬生寺をお参りしてから徒歩でJR丹波口駅。
電車で京都駅。
しばし喫茶店で休憩の後、新幹線で東京へ。
帰宅後、テレビでクロアチア戦を見ました。
以下省略。
投稿者 tarui : 12:35 | コメント (0) | トラックバック
2006年06月15日
クロアチア戦までに帰宅します
明日は鈴鹿、明後日は京都に行ってきます。
鈴鹿はレース観戦じゃないですよ、平日ですから。
土曜日は京都に1泊して、翌日かる〜く京都を見物して、夕方の新幹線で
クロアチア戦に間に合うように帰宅しようかと思っています。
鈴鹿サーキットランド、昨年末から遊園地のほうも
ずいぶん改修工事が行われたそうで、
どんな感じになっているか楽しみです。
一昨年、昨年と「墨のF1 イラスト展」をやらせていただいた
ヒストリック・ギャラリーはなくなってしまいました。
たった2回とはいえ、思い出深い場所です。
京都、かなり久し振りです。
歴史好きと言いつつも、東京からちょっと距離があるので
なかなか足を運ぶ機会がありません。
98年の冬に神戸チキンジョージでライヴをやった帰りに
金閣寺に立寄ったくらい。
あとは中学の修学旅行まで振返っちゃうので
あれからウン十年、清水寺も銀閣寺も
建て直していてもおかしくないくらいの月日が。。。
そんなことはないけど。
さてさて、クロアチア。
今回のメンバーには名前にヴィッチがつく人が少ないんですね。
昨日のブラジルとの試合をチラっと見ましたが
クロアチアも強いですね〜。
ブラジルがまだ本調子じゃなかったってこともありますが
ブラジルに崩されたって感じの負け方ではなかったように思います。
とにかく試合に間に合うように帰京しようと思います。
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先日の川口選手。スーパーセーブの連続で、
そのまま逃げ切れればあの試合のNo.1ヒーローだったのですが。。。
ひとつの判断ミスで。。。
残念でした。次、がんばって。
まだ2試合も本気試合が見れると思えば、
かなり良い感じ。
投稿者 tarui : 09:29 | コメント (0) | トラックバック
2006年06月12日
いよいよW杯、日本キックオッフ!
W杯、始まりましたね〜。ドイツでは大いに盛上がっている様子です。
見たい試合は数々あれど、梅雨入りに加え不規則な生活ですっかり不調です。
ダルイひろしって感じです。濁点つきました。トホホ〜。
さてさて、今夜はいよいよ日本のW杯緒戦です。
結局、ジーコジャパンって強いのか弱いのか、
よく判らないうちにW杯初戦を迎えた感じです。
グループリーグを突破できそうな気もしますし、
オーストラリアにもクロアチアにもブラジルにも
勝てない気もしてきます。
本番を戦ってみたら、
やっぱジーコジャパンって強かったんだ〜、
ということになればいいなぁ〜と思います。
僕はサッカーについては体育の授業以上の競技経験すらない
全くのシロートです。
何十年もサッカーで飯を食ってきた人のやることを
批判できる立場でもなければ知識も経験もありません。
ジーコ監督と選手たちを信じて応援するのみです。
サッカーの戦術や指導法に語れることは何もありませんが、
前任のフランス人監督よりジーコ監督のほうが
人として信用できる、と感じております。
4年前、隣国の監督が羨ましくて仕方ありませんでした。
ああいう監督が日本を指導してくれればいいのに、と思いました。
4年前の隣国の監督は、人として頼りになりそうな感じがしたのです。
これぞ勝負師って感じがしたのです。
今その人は日本の初戦の相手、オーストラリアの監督です。
こいつは皮肉な話だ、
手強いぞ〜、って感じです。
投稿者 tarui : 14:29 | コメント (1) | トラックバック
2006年06月06日
今月の新刊『日本史瓦版』
今月の新刊で〜す。
といっても毎月毎月書籍のイラストの仕事を
やらせていただいているわけではないんですけどね。

『日本史瓦版』といいます。
『日本史瓦版』(三修社刊)です。
新聞の縮刷版ってご覧になったことありますか〜。
図書館とかに置いてあると思いますが。
新聞をそのまま小さく刷って、
閲覧しやすく本にしてあるモノです。
これは新聞の縮刷版のパロディっていうか、
新聞縮刷版スタイルの日本史雑学本です。
またまた歴史の雑学本なわけです。
この新聞縮刷版スタイルっていうのは先例がありまして、
僕の知る限りでは『三国志新聞』が最初ではないかと。。。
10年くらい前に出ました。
これ、大いに当ったそうです。僕も買いましたし〜。
各見開きにド〜ンと大きな事件の見出しがあり、
例えば
「黄巾賊、一斉蜂起。各地で組織的テロ」とか
「20万人の曹軍、赤壁で壊滅」とか。
で記事として内容が書かれてます。
それが年代順に並んでいるわけです。
ご丁寧に新聞には欠かせない4コマ漫画もあったりして。
これが良く見ると、はなくまゆうさくだったりして。
以上は『三国志新聞』のお話でした。
で、『三国志新聞』が当ったら、柳の下じゃないですが、
続々と『日本史新聞』『古代史新聞』『戦国史新聞』などなど
出版されたわけです。
『読売巨人軍新聞』ってのもありましたね。
さてさて、
私が仕事させていただきました『日本史瓦版』は
ちょっと『日本史新聞』の亜流っぽい感じがしますが(汗〜)
『日本史新聞』と明らかに異なるところは
教科書に出て来るような歴史的大事件や有名人がばかりが扱われているのではなく、
著者さんがどこから見つけてきたのか、
市井の小事件、人物裏話、うわさ話、異説、珍説などなど
新聞でいうと三面記事やタブロイド版みたいな感じの記事が
主に掲載されております。
ここで今月のうんちく〜。
『瓦版』とは〜。
江戸時代初期に登場したのが最初といわれ、
今でいう「号外!」みたいなもんです。
江戸時代の印刷は木版に文字を彫って刷っていたわけですが
ニュース性が重視される『瓦版』は
粘土に手早く文字や絵を彫り、瓦のように焼いて、
それを版にして刷ったんだそうです。
だから『瓦版」と呼ばれるようになったんだとさ。
へぇ〜へぇ〜。
このたび初めて知りました。
今回は本文のカット、カバー用のイラストに加え、
諸般の事情により、装丁のデザインまでやらせていただきました。汗〜。
じつは自分、教材の編集プロダクションや
グラフィック・デザインの事務所にいたことがあり、
地味〜な教材の表紙とかのデザインをやっていた時期があるんですよ。
当時はMacとかじゃなくて、
ロットリングで線をひいて〜、写植貼って〜、トレペあててって感じでした。
カラス口で0.1mmより細い線をひけるって職人さんもいましたよ。。。
まぁとりあえず、昔打った篠塚。。。
ではなく、
昔とった杵柄、ですな。
たまにやると楽しいですね。でも出来映えは。。。汗汗〜。
餅は餅屋に任せたほうが。。。
ではまた〜。
