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2006年11月30日
Takuma Club Meeting 東京
25日はTakuma Club Meetingに行ってきました。
F1ドライバー佐藤琢磨選手のファンクラブのイベントです。
今年で3回目(じつは4回目)、
毎回、会場のロビーに松本浩明氏の写真とともに
絵(原画)を飾らせてもらってます。
イベントに華を添えさせていただくって感じです。
なので、開場時間よりちょっと早めに会場入りして
絵の並び具合などをチェックします。
1回目の時は、作品の搬入からセッティング、撤収まで
全部自分(&友人)でやりましたが、(まさに手作りイベント)
今では基本的なセッティングまではスタッフがやってくれます。
僕が佐藤琢磨選手のファンになったのは2000年、英国F3参戦1年目。
94年から『F1グランプリ特集(現GRAND PRIX SPECIAL)誌』、
90年代末頃から『AUTOSPORT誌』でのイラスト連載の仕事が始まり、
掲載誌を毎号ザ〜ッと目を通していたのですが、
99年頃より誌面で「佐藤琢磨」という名前を目にするようになりました。
ほどなく、以前耳にした鈴鹿サーキット・レーシングスクール(SRS-F)を
主席で卒業した生徒が自転車のインターハイ選手だった
(かなり印象に残ってました)、という話が
じつは佐藤琢磨選手のことであることを知り、
一層、佐藤琢磨に興味を持ったわけです。
琢磨ファンになったきっかけは、2000年の序盤戦で
(どのレースか失念、Go For It を読みましょう!)
ポールを獲得したのにレギュレーション違反でPPを取り消しになったレース。
詳しいことは全て失念(Go For It を読むべし、笑)、
何かが0.0何mmだかサイズが違っていたとかいう殆どいいがかりのような裁定。
これを知った時、異邦人(アジア人)に対する差別、いじめ、だと感じました。
と同時に、レースの本場英国の人間にそれだけ警戒されるほど
佐藤琢磨は速いんだ、と思ったわけです。出る杭は打たれるって感じ。
コイツは凄いのかも〜、F1まで行くかもよ〜って。
なので今回はポール取り消しでも、ほどなく勝つだろう、と思いましたね。
で、実際、琢磨選手はすぐに勝てるようになったし
この年のランキングは結局3位だったけど、王者のピッツオニアより速い
という印象を関係者やファンに与えたように思います。
90年代末より、墨画の技法を取入れたレーシングカーのイラストを描き始めていたので、
佐藤琢磨選手のカーリンのマシンはたちまち恰好のモチーフになりました。
ちなみに、白、黒、赤、という配色が僕自身も大好きな色でもあり。。。
翌2001年の夏頃には既に佐藤琢磨イラスト展をやろう、という計画が生まれました。
実際には2002年(琢磨F1デビューの年)の10月に松本浩明氏と組んで
東京恵比寿にあるミスタークラフトの協力を得て
「F1佐藤琢磨イラスト&写真展」が実現しました。
そして2003年11月、ファンクラブ立ち上げを前に、
抽選で200人(300人だったかな?)のファンが招かれ
初の琢磨選手主催イベント(Takuma Club Meetingの前身)が開催されました。
会場はF3時代の琢磨選手のスポンサーでもある「モーダポリティカ」
青山骨董通りにあるイベントスペースです。
この時、松本氏の写真10点、僕の原画も10点が並べられ
イベントに華を添えさせていただいた、これが現在も続いている感じになります。
(今年は大阪会場ロビーが狭いという理由で2点だけでしたが〜〜)
でも、手前味噌になりますが、絵って良いと思いません?
イベント会場に写真パネルが飾られるって割りと普通ですよね。
確かに写真がないと寂しいし、あるのが普通というか、あっても普通の情景。
絵が飾ってあるF1ドライバーのイベント会場って
世界中でもそうはないんじゃないかな。そう思ってます。
で、イベントの基本的内容は現在のTakuma Club Meetingとほぼ同じ、
司会者を交えてトークショー、質問コーナー、プレゼント抽選会、サイン会。
「ひとり1点だけですが、全員にサインします!」となった時は
会場がワァ〜っと盛上がりましたねぇ〜。
その時のトークショーでステージ上のGC副編集長大谷氏から
「02年の鈴鹿のスタンドは真黄色(ジョーダンのカラー)に染まったけど、
来年(04年)は何色に染めましょうか?」という提案があり、
会場から「赤!」「いや、赤はフェラーリ、ホンダやトヨタとも被るからダメだ!」
など活発な意見が出て、やがて「青と白」という意見が出たので
「じゃぁ、琢磨選手のヘルメットのてっぺんのような青白のチェッカー」
ということになり、とりあえずこの日の意見がまとまりました。
04年の鈴鹿に公式な応援フラッグとして青白チェッカーのフラッグが登場、
デザインは光栄なことにじつは僕がやらせていただきました。
琢磨選手自身の厳しく細かいチェックと修正があったですけどね。
だからあのフラッグは琢磨くんと僕の共同デザインと言いたいですな。

さて、04年春、ついに公式ファンクラブ「Takuma Club」発足。
みんなF3時代から公式ファンクラブはまだか?と言い続けていたので
F3時代からのファンにとっては、やっとできたか〜、という感じだったと思います。
鈴鹿日本GP後の11月に東京と大阪、それぞれ1000人を集めて
第1回のTakuma Club Meetingが開催。
イベントの構成は前年とほぼ同じ、ただ規模が格段に大きくなった感じ。
1000人も集まったら全員のサイン会はできないだろう、どうするのかな?と思っていたら、
予め全員分(1000×2)の直筆サインのカードを準備、会場の全員と握手してそれを渡すという。
それを聞いた時、ワタクシ本当に驚きました。
そこまでしてファンに対して感謝の気持を表したいということには
本当に尊敬の念をいだきましたし、正直ちょっとあきれもしました。
だって、2000枚サインする労力とか考えただけでゾっとするし
一度に1000人と握手したら手が痺れちゃうんじゃないかと。。。
両会場に行った友人から聞いたのですが、
大阪の会場で琢磨選手が「会場の皆さん全員と握手します!」と言った時、
会場全体がものすごいどよめきだったそうです。
1週間後の東京では、公式BBSで若干のネタバレがあって
大阪ほどの盛上がりではなかったですが、それでも「オォ〜!」
今はすっかり恒例行事、逆に「今日は握手会しない!」といったら
ものすごく盛上がるでしょうね、ちがう意味で。
英国に住む琢磨ファンの友人から聞きましたが
琢磨選手ほどファンサービスの良いF1ドライバーはいないそうです。
ファンに対する感謝の気持は絶対必要だと思うけど、
オフは身体を休めてほしいな、と老婆心だけど思うのです。
でも、ファンとの交流が良い気分転換になっているのかもしれません。
莫大なお金をかけて用意されたマシンに乗って、
スポンサーやチームの期待の中、尋常ではないプレッシャーの中での仕事ですから。
というわけで、04年、05年、今年と、
Takuma Club Meetingが続いてきていますが、
今年の琢磨選手はじつにリラックスしてましたね。
いつだって明るい笑顔で振る舞っている琢磨くんですが、
今年は特にリラックスしている、というかストレスが少ないというか、
そんな感じでした。
来季、速いマシンが得られる、今年より良い体勢で挑める
そんな手応えを感じているんでしょうね。
というわけで、来季がとても楽しみですなぁ〜。
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投稿者 tarui : 2006年11月30日 17:37
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